毎日まめご飯。

素人の料理好きによる料理メモ。免責事項:このレシピを参照することでもたらされるいかなる損害にも筆者は責任を負うことはありません。自己責任でご利用ください。

家庭料理と外食/今年やっていきたいこと

なぜか3ヶ月以上間が空いてしまった。仕事の環境の変化等で料理にリソースを割けていなかったところはあるかもしれない。

家庭料理と外食の違い

今日は美容室に予約を入れていたのだが、帰りに美容師さんが勧めてくれた話題のパスタのお店に寄った。非常に美味しかったのだが、ニンニクを大量に使っており食べた後はしばらくお腹の中がニンニクになっていた。外食の料理はやはりバチバチに味が決まっている。水っぽさ、安っぽさ、物足りなさが1ミリもない。見た目の特別感も含め、その見事な味の構成には感嘆せざるを得ない。
しかしこれはサステナブルな(=毎日食べ続けられる)料理ではない。毎日食べ続けたら塩分脂分過多は言うにあらず、栄養のバランスが崩れて体も壊してしまうだろう。外食は毎日食べ続けることを意図しているわけではない。タニタ食堂のように健康を意識した店もあるが、そういう店であってもメニューを選ぶのは自分で、結局サステナブルかどうかは利用する側次第である。一方家庭料理は、何よりも用意する側がサステナビリティを考慮しなければならない。改めて考えてみると、外食の料理と家庭料理は方向性が余りにも違い過ぎる。外食は「美味しさ」や「特別感」を演出し、サステナブルを意識しない(する必要がない)が、家庭料理はサステナブルであることが大前提であり、美味しさよりも「栄養バランスが取れている」ことが優先だ。当然「特別感」などは二の次である。

昨年の夏の記事を思い出した。
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「何か、世の中、ふわとろ、半熟って。卵に頼りすぎ」と断じ「行列できる店、卵何個使うの?」「卵が人の優しい気持ちを奪う。卵、黙れ!お前の出番じゃない!」とまで言い切った。

最近はYouTubeやXなどで多数の料理動画が出回るようになった。その結果、家庭料理にまで「美味しさ」や「特別感」の演出が求められるようになっている。家庭内でレストランで出てくるようなふわふわのオムライスを作ることが要求され、必要もない「ふわとろ」に振り回されてしまっている。土井先生が「卵、黙れ!」という独特な言い回しで伝えたかったのは、そういうことだったのではないだろうか。

家庭料理と外食は同じ料理でありながら方向性は全く異なる。そして、迂闊に両者を混同することは危険である。そんなことを改めて考えさせられた外食であった。

土井先生は料理研究家でありながら、常に視座は家庭料理を日々支える主婦/主夫にあると思う。だから先生のレシピは素朴で気取らず、調味料も控えめ。そしてそれでいて絶品。素材のポテンシャルを完全に引き出す魔法を使える人なのだ。調味料を追加して味を加えるのではなく、素材の組み合わせで互いの素材の良さを引き出す。いい素材が手に入ったら、こねくりまわしたレシピではなく、先生の「素材のレシピ」を使って料理するとよいと思います。

今年やっていきたいこと

韓国料理、トルコ料理四川料理台湾料理ベトナム料理、タイ料理、フランス料理、イタリア料理、和食・・・
これまでいろいろ作ってきて、それぞれの料理の特色を知るとともにそれぞれの魅力を感じることができたと思う。やはり日本人的にはご飯と味噌汁が一番だと思うけど、時に各国料理を作ってみるのは、何より楽しいし、様々なレシピを知っていると、それぞれの欠点を補うことができて非常によいと思う。しかし、久々に作ってみようかと思った時に新たなレシピの開拓はできていない。そして、まだまだ自分が作れる料理は少ない。
今年はもう少し各料理のバラエティを増やしていきたい。あくまで広く浅く触れてきたものを、今年以降はもう少し深堀りして、もう少し幅を広げていきたい。そして日常のレパートリーに自然に組み入れられるようにしたい。そうすることで、特にどこの国の料理を作ろうと意識することもなく、ごく自然に素材を適切に調理して提供できるようになるのではないか。

ちなみに

上で触れた家庭料理と外食の違いに関する記述と、今年のやっていきたいことの間に齟齬を感じる人がいてもおかしくないので、一応言及しておきますと、前者は一般論、後者は僕個人の話、という違いです。そして料理が趣味なら、料理に振り回されても自己責任かなと。ただ、いずれにしてもサステナビリティは考慮せざるを得ない。あくまでその上で。