「貧乏人のパスタ」を作りながら思ったこと
客観的に不味い料理がよい記憶と結びついているときに、その不味い料理を美味しく調理してしまうとこれじゃない感が出てしまう。
不味いことがすなわちアイデンティティであって、過去の美しい記憶と紐づく鍵なのである。美味しくすると別物になってしまい、それはただの美味しいものになる。
貧乏人のパスタは、決して「客観的に不味い料理」ではないが、若い頃に貧しくこのパスタしか食べられなかった人がいたかもしれない。そしてその人が年をとってお金もできて、高級なパスタを食べられるようになったとしたときに、昔食べた貧乏人のパスタを作ろうとしたらどういうパスタを作るだろうか。彼にとって貧しさとパスタの味が不可分に結びついているとしたら、もう見たくもないかもしれないし、あるいは一種の懐かしさをもって、昔よく食べたパスタとして自嘲気味に同じレシピで作るかもしれない。
そんなどうでもいいことを考えた。
ちなみに貧乏人のパスタは今や数年前の2倍の価格になったチーズを大量に使うし、最近値上がりしてなかなか値下がらない卵も2つ使うので、日本だと「中流家庭以上のパスタ」ですね。
大葉と胡桃のペスト
ジェノヴァ風ペストのバジルの代わりに大葉を、松の実の代わりに胡桃を使ったもの。大葉もかなり香りがあると思うが、バジルと比べると隠し味的に機能する感じ。万能ソースとあるので、何にでも相性がよいソースなのだろう。
カツオでコンフィを作った際、カツオなら和の素材を使ったソースが合うかなとこれを選んだがなかなかマッチしたと思う。コンフィは、ネギの緑の部分と生姜スライスと一緒にオリーブオイルにつけこみ(といってもフリーザーバッグ内で大さじ1〜2程度の量)、50度程度の湯で低温調理したもの。カツオの生臭みは全くなかったので、食感も相まってレアの牛肉感に近いものがあり、ペストソースともマッチする
ちなみに、少量だけペストを作る時には、ミキサーはせっかくの刃が空回りしてしまって機能しない。タイの石臼+石杵を使うと一瞬で潰せる上、メンテも楽*1なのでおすすめ。すり鉢でもなんとかなるとは思う。
*1:ミキサーと比較すると、細かい部品がなく、鋭い刃などの危険なものもない。ただし非常に重いので、力がある程度強くない人には向かない